Le Fantasque

書きかけメモ帳

映画「哭声/コクソン」

邦キチで紹介されてたらしいけど、記憶には全く残っていない・・・・・・


結局三人ともグルだったってのが一番スッキリしそうだけどなぁ。
だって鶏が三回鳴くまで待ってたら、あの主人公は助かっても家族確実に死ぬよね。
毒キノコが原因だったで終わってても良かったけど、まあ犯人が明確にわかるほうが終わり方としてはいいんじゃないかなって気がする。
 
平和な谷城(コクソン)で殺人事件が起きる。警官である主人公は、犯人である「被害者の夫の弟」がいたという小屋で妙な植物が干してあるのを見つける。
同僚から、山の中にいた鹿を生のまんま食っていたという男が原因ではないかという話を聞くが、笑い飛ばす。茫然自失となっていた犯人の体内からは大量の幻覚物質が発見され原因はキノコではないかと言われていた。
その後、主人公の娘にも各事件の犯人にあるような異常な発疹が現れた。なんだかんだあってやっぱりその山の中にいた日本人が怪しいということになって捜索に向かうが、同僚が部屋の中から主人公の娘の靴を見つける。

まあ主人公は警官なんだが、前半ホント糞っすね。なんかデブいし。デブはいいとしてもなんか日本と違ってなんかやりたい放題ですな。犯人かどうか疑わしい段階で怪しい日本人の住んでいた小屋の扉の鍵壊すわ勝手に部屋はいるわ。もちろん、ついてきた同僚の甥からは「不法侵入ですよ」と言われるがそんなことは意に介さない。そもそも第二の事件あたりで家の前見張ってたのに、思いつきからか同僚を皮膚科へ行かせて調査を行わせる。その後、謎の石を投げる女から話は聞くものの結局、目撃者と思われるその女の行方は不明となる。

当然だが話の途中で、明らかに原因と思われていた怪しい日本人は冤罪で、実は……みたいな話を祈祷師がすることになるのだが、
その前、主人公は警官ではないただの友人の一般人を集めて、日本人の小屋に襲撃をかけるわけですね。でもって、結局ゾンビに襲われて、その後怪しい日本人を追い詰めるものも逃してしまう。結局いろいろあって帰る途中に崖の上辺りから怪しい日本人が降ってきて車に衝突する。んだが、死体となったその怪しい日本人を何故か友人総掛かりで反対側の崖から突き落とす。…なんで?通報しろや。向こうには死体遺棄の罪ってのがないんですかね。そもそもこいつ警官じゃないんかい…警官が法律守らないお国柄?

とりあえず韓国の警官最悪だなと。暴れる被疑者もろくに捕まえられない上に、そのことでいじけたり、被疑者の飼い犬ぶっ殺してこの村から出ていかないとぶっ殺すとか言ったり、挙げ句死体遺棄。やりたい放題ですな。
目撃者逃したり、重大なところで儀式辞めさせたりあんまいいところがないだけにこの主人公にはフラストレーションが溜まる。ホラー映画で間抜けな行動ばっかり取る登場人物そのまんま。

結局いろいろあって、石投げ女が悪霊で、怪しい日本人が実はその悪霊を退治するために来たのだという話が祈祷師からなされ、やっと話が落ちるところに落ちたなと思ったんだけど。
結局その後、悪霊と思われた女からは自分は悪霊ではなく、当初の通り怪しい日本人が悪霊で祈祷師もグルだという話を聞かされて迷う。
主人公の娘に乗り移った?悪霊を罠にはめるために、鶏が三回鳴くまで家には戻るなと言われるが、その間悪霊にとりつかれた?娘は家の中で飯を乱暴に食いまくって、次に流しにある包丁に目を向ける。
石投げ女は悪霊をどうにかするつもりで結界でも張ってたのだろうか?鶏が三回鳴くまで云々という話はまあいいとして、見ているコチラとしてはそんなに待ってたら主人公の親と奥さん殺されちゃわない?って気もしたので、やっぱこの女悪霊なのでは?と思っていたのだが…
最後、同僚の甥の神父見習いが、死んだはずの怪しい日本人が、山の中の小屋から続いている洞窟の中で生きているのを発見する。やはり、その日本人を悪魔だと思っていた神父見習いに、聖書から引用した冒頭のキリストのセリフや、「お前が私を悪魔だと思っているなら、私は悪魔でしかない」などと言ったりする。ここでモチロン例の手の聖痕が出てくる。のだが…結局最後にカメラを構える怪しい日本人からは悪魔のような長い爪が生え赤い目をしていて、主人公が夢だと思っていた怪しい日本人に襲われた場面は本当にあったことだと証明するような状況に。
挙げ句、逃げた祈祷師は死んだ主人公の写真撮って、その他にも謎の写真を収集していたという事がわかるという、結局石投げ女が言ってたことが正しいんかいみたいな展開となる。

というわけで、結局の所、こんないかにも怪しい日本人が「普通こんな怪しいのが犯人なわけ無いだろ」と思ってたら、やっぱり犯人だったみたいな展開ですね。
割とミステリ的にはよくある。
話としてはまあ謎も何もないようなストーリーだと思うんですけど。
 
例の怪しい日本人が、洞窟で助祭とあった際に手に聖痕があったり、イエスの言葉を引用したりと言った点がいろいろ混乱を巻き起こしているようですが、まあ、悪魔だって聖書の一節ぐらい引用できるだろうし、キリスト教徒を騙くらかすために手に聖痕をつけるぐらいはなんともないのではと思いますね。いや悪魔がそう簡単にしっぽ出さないだろうと言う、ありがちな展開に対するアンチテーゼなのかもしれないですね。善良であると思わせるには思いっきり怪しさ全開でいて、実は冤罪とわかった段階でそのギャップと罪悪感からいい人だと思ってしまう心理をついているんじゃないか?